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W商品企画部 山田 さやか

雫石高級時計工房 組立師 工藤 幸枝

グランドセイコー レディス自動巻ムーブメント開発の挑戦 W商品企画部 山田 さやか
雫石高級時計工房 組立師 工藤 幸枝
インタビュー

グランドセイコーのために約50年ぶりに新開発された高精度のレディス自動巻ムーブメント「キャリバー9S25」を搭載したモデルが、2018年、キャリバー9S 20周年を記念して発表された。その企画構想を担ったセイコーインスツル W商品企画部の山田さやかと、組立調整、精度調整を手掛けた組立師の工藤幸枝に、開発の経緯から、制作の過程に至るまで、話を聞いた。

W商品企画部
山田 さやか

2006年セイコーインスツル株式会社(SII)入社。非時計部門の新規開拓事業において、小型モーターやレンズ駆動モジュールなどの開発を担当したのち、2009年、時計事業の事業管理業務を経て、ウオッチ事業部W商品企画部に転属。約50年ぶりに新開発されたグランドセイコーのレディス自動巻ムーブメント「キャリバー9S25」の企画構想にも携わる。

雫石高級時計工房 組立師
工藤 幸枝

1992年、盛岡セイコー工業株式会社入社。セイコー6S系キャリバー、セイコー8L系キャリバーなどの機械式時計組立に携わった後、2007年より雫石高級時計工房に所属。グランドセイコーをはじめとする高級腕時計の組立業務に従事する。2018年6月発売のレディス自動巻ムーブメント「キャリバー9S25」の組立調整、精度調整をすべて担当。

待望のグランドセイコー レディス 新設計小型自動巻ムーブメント「キャリバー9S25」、ついに誕生

グランドセイコーとして、レディス自動巻ムーブメントを開発することになった経緯を教えてください。

山田さやか(以下、山田):かねてから、レディスのメカニカルモデルを打ち出したいという声は社内で上がっており、長年、構想を温めてはいたのですが、市場規模を読むのが難しく、開発に踏み切れずにいるという状況でした。
そのような中、グランドセイコーの海外での展開が加速し、レディスのメカニカルモデルへの期待の高まりや新たなデザイン領域に拡大していき、レディスメカニカルモデルの必要性が高まってきたことから、2015年4月に、「キャリバー9S25」の企画構想に着手し始め、同年12月に設計された構想図を皮切りに、設計・開発を進めてまいりました。

すべてが手探りの状態からのスタートでしたが、シミュレーション解析技術の向上などによって、大幅に開発期間を短縮することができ、当初からの目標だった「キャリバー9S 20周年記念」の年である2018年に合わせて、「キャリバー9S25」を搭載したグランドセイコーのレディスモデルを発表させていただくに至りました。

小型化しながらも、「高精度」や「実用性」を厳しく追求している“グランドセイコークオリティ”をどのように実現したのですか?

山田:グランドセイコーとして、「キャリバー9S25」を新たに開発するにあたって、「高精度」を実現することは、最も重要な課題のひとつでした。ムーブメントを小型化しながらも、精度を安定化させるためには、「動力ぜんまいのトルク」、「表輪列の伝達効率」、「脱進機の効率」を高める必要がありました。これらに関わる部品を含めて、ムーブメントを小型化、薄型化したことに伴い、すべての主要部品を新たに再設計するという大きな決断をし、それを実行しました。

調速機構の要となるアンクルやがんぎ車にも、精密なパーツを作ることを可能にしたMEMS技術を採用し、部品レベルで、メンズ用のメカニカルムーブメントと比べて最大2~3割のサイズダウンを実現しています。ムーブメントに組み込むと、外からは見えなくなってしまうパーツですが、「秘すれば花」という言葉があるように、がんぎ車には、5枚の花びらを想起させる模様が取り入れられています。強度補正と伝達効率向上を実現しながら、日本文化をさりげなく象徴するデザインとなっています。

機械式時計の心臓部を司る動力ぜんまい、ひげぜんまいには、「Spron(スプロン)」という独自の合金素材を採用しています。とりわけ、ひげぜんまいについては、最適な形状を実現するために、限られた製作期間の中で、何度も試作を繰り返しては、改良を重ねてきましたが、やはりこれは、部品から一貫して自社開発・製造を行っているマニュファクチュールだからこそできたことです。こうして、厚さ4.49mmの薄型化と、同等のサイズでは、世界トップクラスとなる平均日差+8~-3秒(静的精度)の高精度を実現しました。

次に、「実用性」についてですが、グランドセイコーとして打ち出すからには、一般的なメカニカルモデルと同等以上の持続時間を実現する必要性があった一方、ムーブメントを小型化したことによって、部品を配置できるスペースはおのずと小さくなったため、効率的な輪列レイアウトの検討がされました。

そこで、かつてのレディス小型メカニカルモデルに搭載されていたムーブメント「キャリバー17」の特殊な輪列にヒントを得ながら、機械式腕時計の動力源となるぜんまいを収めている「香箱車」の容積を最大化させ、ぜんまいを巻きつける中心軸である「香箱真」の耐久性や剛性を確保しつつ、可能なかぎり極細化させることによって、当初の目標だった48時間を超える約50時間のパワーリザーブを実現することができました。「キャリバー9S25」の香箱真の径サイズは、グランドセイコーのメンズメカニカルムーブメントである、「キャリバー9S65」の約72%にまで縮小されています。

また、ムーブメントが薄型化されたため、特に大きな部品である「受け」と「地板」の剛性の確保にも努めました。

「キャリバー9S25」の部品総数はどれくらいあるのですか?

総部品点数は、メンズのメカニカルムーブメントを上回る計236個です。これまでは一体型だった部品も、その小ささから分割する必要があったため、新たに設計したものも含まれています。

高精度を追求して、新たに制定された
「グランドセイコー規格(婦人用)」

新制定された「グランドセイコー規格(婦人用)」について、教えてください。

山田:グランドセイコー規格とは、時計を使用する環境に左右されず、優れた性能を確保するために制定されたグランドセイコー独自の機械式時計用精度規格です。1998年に制定された「新グランドセイコー規格」が、スイス機械式腕時計の精度基準であるクロノメーター規格を超える高精度を実現しているように、「キャリバー9S25」の開発にあたって、新たに制定された「グランドセイコー規格(婦人用)」も、ムーブメントの直径20mm未満のクロノメーター規格を凌ぐ基準を設け、高精度を実現しています。

例えば、平均日差は、クロノメーター規格の+8~-5秒/日に対して、グランドセイコー規格(婦人用)は、+8~-3秒/日、平均日較差は、3.4秒/日以下に対し、3.2秒/日以下というように、ほとんどの検定項目において、クロノメーター規格を上回る精度基準が設定されていますが、今回新制定された婦人用をはじめとするグランドセイコー規格が、クロノメーター規格を超える大きな違いのひとつは、検定姿勢数の差、つまり「姿勢差」にあります。ここで言う「姿勢」とは、腕の動きなどによってさまざまに変わるダイヤルの向きのことで、クロノメーター規格が、ダイヤル上、ダイヤル下、3時上、6時上、9時上の「5姿勢」であるところ、グランドセイコー規格は、携帯時におけるさらなる安定した高精度を追求するために、12時上の姿勢を加えた「6姿勢」で実施しています。

もうひとつは、「第二温度係数」が、クロノメーター規格では、検定項目に設けられていないのに対し、グランドセイコー規格では、精度基準を測るための重要な項目のひとつとして設けていることです。この数値は、腕時計を装着した状態を想定し、23~38℃のさまざまな温度環境下での1℃あたりの進み・遅れを示すものであり、グランドセイコーが追求する「高精度」や「実用性」を高次元で実現するためには、さらなる小型化を図ったレディスメカニカルモデルにおいても不可欠なものでした。この徹底した精度へのこだわりがあるからこそ、国内外で長く愛される腕時計として、高く評価いただけているのだと、私たちは自負致しております。

「キャリバー9S25」という新たな挑戦
精緻、丹念な手作業で、極限まで挑んだ組立師

厳格な精度基準を満たすためには、これまで以上の技術が求められたと思います。組立調整において苦心したのは、どのような点でしたか?

工藤幸枝(以下、工藤):グランドセイコーから、新設計のレディス自動巻ムーブメントが発表されると聞いた時は、本当に嬉しかったですね。雫石高級時計工房の女性組立師は皆、その時が来るのを待ち望んでいました。まさか、その記念すべきモデルの組立調整から精度調整に至るまで、自らが主体となって、担当させていただくことになるとは夢にも思わず、お話をいただいた時は驚くと共に、新たなチャレンジへの期待に胸をふくらませました。

しかし、実際には、はじめから試行錯誤の連続でした。普段は、グランドセイコーのメンズモデルに搭載されているムーブメントの組立調整と精度調整を主に行っているのですが、「キャリバー9S25」については、すべてが分からないことから始まっていますし、組立を手掛けるのも、これが初めての経験です。今回新たに開発されたこのムーブメントは、小型化に伴って、従来のムーブメントとは比にならないほど、部品も小さく、薄いため、ピンセットやドライバーなど、組立や精度の調整に使う工具を作り直すところからのスタートでした。

工具をご自身でカスタマイズするということですか?

工藤:はい、その通りです。細部に渡って、高精度で調整していくためにはその必要があったので、組立師の先輩方にアドバイスをいただきながら、自ら改良を重ね、加工し直していきました。機械式腕時計の心臓部にあたるてんぷを例に挙げると、ムーブメントを小型化したことによって、おのずとサイズも小さくなり、なおかつ、そこに組み込んでいくひげぜんまいのピッチも全くと言っていいほど違うものでした。これまで使っていたひげぜんまい用のピンセットでは、扱うことができなかったため、先端部分の角度と薄さに微調整を加えながら、カスタマイズしていきました。ただ、あまりに薄くしてしまうと、耐久性が低くなってしまいます。幾度となく失敗を繰り返し、「コレだ!」と確信できるものにたどり着くまでには、多くの時間を要しましたね。

また、「あがき」と呼ばれる部品と部品のすき間も、ムーブメントの小型化によって、極めて狭くなりました。このあがきを確認するための専用の工具があるのですが、従来のものだと、太すぎてすき間に入れることさえできなかったので、細く作り直して、先端にほんの少し角度をつけました。この角度も、つけすぎると入りづらくなるため、良いバランスを見つけるまでに、微細な調整が必要で、かなり苦戦しました。「キャリバー9S25」の部品の中には、鼻息で飛んでしまうほど極小のものもあり、組立調整の大半は、顕微鏡を使って行いました。

精度調整において、メンズ用の9Sムーブメントとの違いや、難しかった点について教えてください。

工藤:メンズ用の9Sムーブメントの場合、20年という長い歴史の中で、先人たちが築いてきた確固たるノウハウがあります。精度調整についても、「ここをこうすれば、こうなるだろう」と先を読みながら、目指す着地点に向かって、進めていくことができます。しかし、「キャリバー9S25」については、どう調整したらどう動くのか、どんな歩度シフト(時計の進み/遅れ)が起きるのかといったことが、全く予想できない状態で、幾度となく壁にぶち当たりました。

メンズ用の9Sムーブメントとの一番の違いであり、最も苦心したのは、あおり調整です。あおりとは、ひげぜんまいとひげ棒との間隔のことで、この幅を広くしたり、狭くしたりすることで、等時性を調整します。「キャリバー9S25」は、小型、薄型のモデルゆえ、緩急範囲を大きく取るために、1968年に開発された10振動メカニカルムーブメント「キャリバー45」の構造を採用しています。しかしそれでもムーブメントが小さいことで、あおり幅の見えづらさがありました。

他に苦心されたことはありますか?

工藤:このムーブメントならではの新たな精度調整の方法を見出していくことは、今回、自分が達成すべき使命のひとつだと捉えていました。特に、精度調整の段階に入ってからは、「次は、どうしたらいい?」とムーブメント一つひとつと対話するような感じで、真摯に向き合ってきました。「この部品は、どんな人たちが、一体、何日かけて開発したんだろう?」などと考え始めると、責任の重大さに改めて気づき、精度調整をしている自分の姿を夢にまで見るようになった時期もありましたね(笑)。グランドセイコー規格(婦人用)をクリアするため、かなり追い込んで取り組みました。

今後、グランドセイコーのレディスメカニカルモデルに期待していることは何ですか?

山田:今回の限定モデル(STGK002)を通して、グランドセイコーのレディスメカニカルモデルの存在をより多くの女性に知っていただき、手にとっていただける腕時計になることを願っています。

工藤:腕時計は、結婚記念日や誕生日など、何か特別な日を祝して購入される方が多いと思うのですが、そんな時に、「素敵だな」と手にとっていただけるような腕時計をこれからも作っていきたいです。もし、今回の限定モデルがきっかけとなって、多くのお客様に機械式時計の魅力をお伝えできたら、嬉しいですね。グラマラスで優美なデザインはもちろんのこと、グランドセイコーならではの「正確さ」「見やすさ」「美しさ」をぜひ女性の方々にも実感していただければと思います。